英国発、60年代のサブカルチャー

英国発、60年代のサブカルチャー
写真はロンドン、カーナビーストリートの入り口のサイン(UnsplashAnthony DELANOIX

 

科学技術、社会変容、政治、経済の変化は、人々の生活に大きな影響を与えます。

近頃の環境問題やSDGsの概念も、私達に根本的な発想の転換を強いています。

さて、我が国では1964年4月。全く新しい男のウイークリー雑誌が生れました。大橋歩さんの表紙の絵も斬新で、それまで無かったタッチです。多くの若者がバイブルのように読み、持ち歩き、話題にしました。新しいサブカルチャーの幕開けでした。

写真は 平凡社新書 平凡社 提供

1960年代は、特にエポックメイキングな時代だと、元、マガジンハウス社長の赤木洋一さんも語っています。「エキサイティングな時代だった。人も、時代も、雑誌も、なにもかもが面白かった」と。

しかし、ある時代のムーブメントが、多くの人々の心に刺さり、永遠に特異な概念として生き残り、再興することが起こります。その一つに英国発のサブカルチャーがあります。

サブカルチャーとは、ある人々の中に生まれる行動様式や価値観を文化として、とらえるものです。産業革命、そして二度の大戦後に生まれたサブカルチャー。
その発信地は英国。その影響は大きく世界に普遍していきました。

わが国でも、IVYファッションなど、アメリア東部のキャンパスファッションが一世を風靡しましたが、そもそもの、若者のサブカルチャーは英国で生まれました。その時期は「60年代」と提起してもよいでしょう。

世界に影響を与える「サブカルムーブメント」は英国で花開いたのです。

写真は  銀座みゆき通り 「みゆき族発祥の地」

England-1968 09.jpgBy H. Grobe - <span class="int-own-work" lang="en">Own work</span>, CC BY 3.0, Link

写真は60年代のカーナビーストリート。多くのファッションも生まれました。


カーナビ―ストリートに集まる若者は、それまでの規定された枠組みを外し、新しい生き様を見せ始めました。

ファッションと音楽は密接な関係を結び、時代の枠から解放しました。しかしそれは、無自覚なものではなく、「60年代」という特別な時代感、あるいはサブカルチャーの孵化器のような時代だったからでしょう。

Quadrophenia exhibit 1.jpg
Matt Gibson - originally posted to Flickr as Quadrophenia exhibit 1, CC 表示 2.0, リンクによる

 写真は、モッズ仕様のベスパとモッズコート

 60年代は若者の文化がぶつかり合っていました。スクーターを乗りまわす
「モッズ」集団。シャネルとは違ったサブカル・ファッションとしてミニスカートを生み出したマリークワント。

 1969年のマリー・クヮント
Jack de Nijs for Anefo - Cropped from http://www.gahetna.nl/collectie/afbeeldingen/fotocollectie/zoeken/q/zoekterm/mary%20quant/f/Webwinkel/Ja, CC BY-SA 3.0 nl, リンクによる

 日本に招聘されたミニスカートの女王「ツイッギー」も、多くの若い女性に多大な影響を与えました。ミニスカートはセクシーというより、健康美を若い女性に競わせていました。

1964年、3月のビルボードのホットチャートは上位5位までがビートルズの曲で占められました。

 Beatles ad 1965 just the beatles crop.jpgEMI - Billboard page 15 1 May 1965 en.wikipedia からコモンズに We hope によって CommonsHelper を用いて移動されました。, パブリック・ドメイン, リンクによる

 リバプールで生まれた彼らの歌は、今でもそのまま、我が国でもコピーバンドが演じています。物語性を重視し、こだわりをもったライブハウスで演奏を続けています。

世界中の若者が、エレキギター・コーラスの音楽にしびれ、今なお歌い継がれ進化しています。

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写真は若者の多く魅了されたエレキギター。

今回は、ディスカバー60sの視点で英国発のサブカルチャーに目を向けてみました。

「創造性は過去を見ながら進化する」
私達POLO BCSも過去の良さや価値観を再発見しながら、これからもパーパス・ブランディングを志向してまいります。